人生の終末

満月1


館山のスーパーで 買い物なんかしていると 否応なく 耳にはいる

奥さん達の会話  年老いた 親の面倒の話の 多い事 多い事

ん~  愚痴 苦労話   確かに負担だよな それは 今も昔も同じ

お世話さまです  でも次は自分の身の上  そう思うと 心構えの準備期間

昔は 姥捨て山などと言う 習慣が なんかおどろおどろしい 悪習のイメージだけど

老いた本人の意思で みんなに負担かけたくなく 山で静かに凍死などで 命を絶つ

なんとも 潔い 選択でもあったわけです   口減らしで 本人が望まないでの事なら

なんとも 悲しい事だけど    核家族となった現代 にも 介護施設という 

体裁のいい 姥捨て山があります    家族に面倒見てもらい 一生終える事が

自然で幸せなことだけど  相手の負担考えると なんとも気が重い したくない

なので  介護施設の存在 重要なのでしょう   でも 私はギリギリまで 自活して

下の世話にになる時は  安楽死という 選択したい  まさに 姥捨て山で最後迎えるような

安楽死に関して 賛否両論ありますが  尊厳死の重要性 私は感じています

治る見込みのない病気に関しても  本人の尊厳の上で 安楽死 の選択有ってもいいかと思います

過剰な延命治療などより   全然 尊厳 保たれると私思います  

心なき 医療 介護にあい  人生の終わり迎えるのなら     心静かに 安楽死 のぞみます

宗教的な事を この件に関し 論議されるようですが   信じる者は 神の教えに従えばいいだけ

私は 自分の心のままに 今を   それ以外の事は  必要ない     本日 重いな

スーパーで 耳に挟んだ話で こんなこと考えてる自分  疲れるよな これは